飛行機で「お医者さんはいますか?」と言われて医者が手を挙げない本当の理由〜善きサマリア人の法〜

2020年8月23日

ドクターノミゾ@doctor_nomizoです。現役の医者やってます。

医者じゃないのに医者と名乗るのは医師法違反なので、ドクターノミゾの医師免許を見たい方はコチラのプロフィールをどうぞ。

ドラマなどのワンシーンで

「お客様の中にお医者さんはいらっしゃいませんか?」

というキャビンアテンダントのセリフを一度は聞いたことありますよね?

ドラマであれば、主人公の医者がとっさに立ち上がり、患者さんを救命して、めでたしめでたしとなるのですが現実はどうでしょうか?

医者である自分に言わせてみれば、たぶん医者10人いたら実際に救護するのは1人ぐらいじゃないかなと思います。

そんなの医者の風上にも置けない。倫理観が欠如している!

と怒る方もいらっしゃるかもしれませんが、これにはきちんとした理由があります。

本音をいえばかっこよく手を上げたいところですが、それができない事情があります。

そういった医者のリアルな本音をお伝えします。

医者が手を挙げない明確な理由

医者が飛行機内で手を挙げない理由、それは訴訟リスクです。

医療行為というのはなんでもそうですが、常に危険が伴います。

薬を処方するのも、点滴の針をいれるのも絶対に安全なものではありません。

さらに、医者は道具がないと基本的に何もできません。

道具がなくてもやれることは胸部圧迫(心臓マッサージ)と人工呼吸ぐらいです。

飛行機という医療行為を行える道具がほぼなく、看護師という味方もおらず、たった一人で患者さんを救護しなくてはなりません。

基本的なバイタルサイン(血圧・脈拍数・酸素化)を測る道具ぐらいはあると思いますが、それだけで患者さんの状態をすべて把握するのは困難です。

意識がなければ既往症もわからないし、普段飲んでいる薬もわからない。

そんなわからないことだらけで患者さんを助けに行く必要があります。

状況証拠的に「こういった病気かもしれない」と思っても、その治療が逆に状態を悪化させる可能性だってあります。

なにか治療を行ったとして、患者さんが機内で亡くなる可能性や重大な合併症をかかえる可能性だって0ではありません。

しかし、現代の日本の法律下では、機内で医者が患者になにか医療行為を行い、患者さんになにか不利益があった場合、医療行為を行った医師の責任となる可能性が少なからずあります。

医者も一人の人間です。

家族だっています。

飛行機内という劣悪な環境下で、患者さんを助けようと勇気を持って手を挙げ、治療がうまく行かず、訴えられてその後の人生がめちゃくちゃになったらどうでしょうか?

患者さんを助けたいと医者であれば全員が思うはずです。

しかし、現在の日本の法律がそうはさせてくれません。

手を挙げない一番の理由は訴訟リスクです。

善きサマリア人の法さえあれば

善きサマリア人の法というのをご存知でしょうか?

これは、アメリカやオーストラリアで導入されている法律で、

「災難に遭ったり急病になったりした人など(窮地の人)を救うために無償で善意の行動をとった場合、良識的かつ誠実にその人ができることをしたのなら、たとえ失敗してもその結果につき責任を問われない」

という趣旨の法律とされています。(wikipediaより引用)

つまり、飛行機内で急変した乗客がいたとして、その乗客を助けようと色々医療行為を行った結果、たとえその医療行為が間違いで失敗だったとしても、良識的かつ誠実性があれば責任は問われないということです。

日本ではこの法律はまだ採用されていないですが、この法律さえあれば手を挙げる医者は格段に増えるはずです。

ってか無償で助けてもらっておいて、失敗したから訴えるとか通常の思考回路じゃ考えられませんが、その場に居合わせなかった家族が訴えるというケースがおそらくあるのだと思います。

いずれにしても、法律が医者を守ってくれるシステムさえあればよいのです。

「そんな法律なくたって、いいから助けろよ!医者だろ!」ドンッ!

といった漫画みたいなセリフを言われても困ります。

そんなセリフで動くのは漫画の主人公の医者だけです。

さっさと法整備するのが飛行機内で急変してしまう乗客、つまりは国民のためになると考えます。

なぜこの法律をさっさと導入しないのかわかりません。この法律を導入して不利益を被る人がいるのでしょうか?

先輩医師から聞いたお話

ドクターノミゾの部活の先輩から聞いた話になります。

先輩医師は、国内線で東京へ向かう途中にあのセリフが聞こえてきました。

「ご搭乗されている方で、お医者さんはいらっしゃいませんか?」

ざわざわと機内がざわつくなか、部活でキャプテンをやっていた正義感あふれる頭が坊主の先輩は手を挙げました。

駆けつけると若年の髪が長い女性が、顔色が悪く具合が悪そうに機内の床に横になっています。

そしてキャビンアテンダントが言いました。

「空港に今すぐ戻る必要はありますか?」

そう、飛行機は離陸したばかりだったのです。

しかし、そんなのすぐに判断できるわけがありません。この床に横になっている方が一体どんな状況で具合が悪くなっているかわからないからです。

また、横には何個か道具がありました。

聴診器・血圧計・生理食塩水・点滴セット・サチュレーションモニター

先輩医師はとりあえずやれることはやろうと点滴セットで静脈ルートを確保し、生理食塩水の点滴静注をはじめました。

このとき乗客からの視線と何人も集まってきたキャビンアテンダントによるプレッシャーで押しつぶされそうだったらしいです。

手が震えながらもなんとかルートは確保できたため、すぐにそばにある器械でバイタルを測定しました。

血圧は収縮期で80台、心拍数は40台、酸素化は悪くない。

聴診器も使用し、呼吸音や心音を聞こうとしましたが、機内のざわつく音と飛行機そのものの「ごぉおおおおおお」という音でほとんど聞こえなかったそうです。

バイタルと状況証拠、意識状態から血管迷走神経反射をまず第一に疑いましたが、バイタルはショックバイタルに近く生理食塩水の点滴だけで回復するかわかりません。

アトロピンという副交感神経をブロックする薬があれば、本当に血管迷走神経反射なのか確認することもできますが、機内にはありません。

ある程度初期治療を行ったところでキャビンアテンダントからまたあのセリフが飛び出てきました。

「近くの空港に今すぐ着陸する必要はありますか?」

こんなの正直わかりません。そりゃぁさっさと着陸したほうがいいに決まってますが、何十人といる乗客のことを考えるとおいそれと「さっさと着陸だ!」なんて言えません。

生理食塩水の負荷であるていどバイタルも回復傾向だったため「とりあえずこのまま様子をみます。東京に向かってください。」と小声でキャビンアテンダントに伝えたそうです。

東京まではあと1時間ぐらい。女性の具合はまだわるそうですが、さっきよりは良さそうでした。

ある程度一安心したところで自分の席に戻ろうとも考えましたが、いつ急変するかわかりません。

心配で心配で仕方がなかったため、結局東京到着までずっとその女性のそばにいたらしいです。

結果として東京につく頃には、体調も良くなり、血管迷走神経反射だったのだろうと結論づけたそうです。

あのときのことは今でも簡単に思い出せるらしく、東京につくまでの1時間は時が止まったかのようにとても長く感じたそうです。

そして、「もう二度と手は挙げないわ」と言っていました。

正義感あふれる先輩医師ですら、機内での非常時に手を上げるのは二度とゴメンだと言ってました。

ドクターノミゾの経験症例

ドクターノミゾが飛行機に搭乗中にも先輩医師と同じようなことがありました。

「ご搭乗のお客様の中で、お医者さんはいらっしゃいませんか?」 

その時はちょうど妻と娘と3人で搭乗しており、娘はまだ幼子であったため母の腕の中で眠っていました。

先程のアナウンスのあと、妻がこっちをギロっとにらみつけ「絶対手なんて上げるなよ」という強い圧力を感じました。

そもそも手を挙げるつもりはなかったのですが、妻の圧力もあり見て見ぬふり、聞いて聞かぬふりをしました。

なんとなく罪悪感がありましたが、他の席から別の医者が名乗り出たため「たぶん大丈夫だろう」と思い、目をつぶりました。

本来なら勇気をもって手を挙げたいところでしたが、先輩の経験談を聞いた手前、手は挙げられませんでした。

弱っちい医者かもしれませんが、どうしても訴訟リスクがあると、家族のことを考えてしまい、うずくまってしまいます。

今の環境下で、手を挙げることはないでしょう。

飛行機会社にお願いがあります。

現在、JALやANAでドクターの登録制度というものがあるようです。

JAL DOCTOR登録制度とは?

「ANA Doctor on board」にご登録いただく医師の方へのご案内

どちらの会社もドクターコールの応召を受け、治療行為を行い、何かあった場合の責任は会社がとるとしています。

しかし、どちらの会社にもこの記述があります。

故意または重過失の場合を除き

といった文言です。

これが医者としてものすごくひっかかります。

故意や重過失はいったいだれが判断するのか?

その場に居合わせたキャビンアテンダントかパイロットか、はたまた飛行機会社なのか、それともお抱えの弁護士か、医療行為をうけた患者や家族か?

故意だったのか重過失だったのかの証明なんてほぼ悪魔の証明です。

この文言を取り払ってくれるなら登録してもいいと思いますが、会社としても外すことはおそらくないでしょう。

そもそも重過失ってなんですか。

故意は点滴の針で目をぶっさすとかかもしれませんが、重過失の定義が気になります。

また謝礼に関しての記述もありません。

果たしてボランティアの精神だけで動く医者がどれほどいるのか。

病院で給料がもらえないのに働く医者は多分いないと思いますよ。

何かあったときの責任はすべて飛行機会社でとれよ。じゃないと登録者なんて増えないと思うぜ?

まとめ

  • 飛行機で医者が手を挙げないしっかりとした理由がある
  • 善きサマリア人の法をさっさと導入せよ
  • 一度でも手を挙げたことがある医師に二度目はない
  • 法さえ整備されれば、手を上げてくれる医師も増えるだろう

感想

医者も一人の人間で家族がいます。

見ず知らずの他人を訴訟リスクをかかえてまで助けようと思える医者がどれほどいようか?

医者は倫理観があるから医者になったわけではありません。

勉強ができたから医者になったに過ぎません。

現在の法律の下で、飛行機内で手を挙げる医師をつくりたいなら、ぜひ大学受験のひとつの科目に『倫理観』や『正義感』といった科目を付け加えると良いでしょう。

最後に一言

一度でいいからかっこよく手を挙げたい!
とは思ってる…